心の病いを持つ方々に寄り添い、最新の精神科医療・高齢者医療に果敢に挑戦し続けます。

理事長あいさつ

寛延2年(1749)3月15日、一人の若者が隣人の健康を守ることを願い、現在の福岡県糟屋郡篠栗町に小さな医院を開業致しました。
その若者の名は三野原文菴(ぶんあん)。そのころ我が国の医学は山脇東洋が初の人体解剖を行う等、漢方医から西洋医へと移り変わる激動の時代。文菴やその子孫は異国からの最先端の知識を基に研鑽を重ね、のちに黒田藩々医となり、また華岡青洲門下で修業するなど刻苦勉励し今日まで代々医を業としてまいりました。
その後文菴から数え九代目となる三野原敏治は、高度成長期にあり東京オリンピック開催に沸く日本において新たな精神科医療の息吹を感じとり、昭和37年3月20日、ここ福岡市早良区野芥の地に油山病院を開設致しました。
そして今日、泯江堂が開設されて二百七十年余、油山病院が開設され58年、創設者の先取の気質は現代の泯江堂スタッフにも脈々と受け継がれ、病いを持つ方々に寄り添い、共に人生を歩んでいくことを理想として最新の精神科医療・高齢者医療に果敢に挑戦し続けております

精神科救急・急性期医療、精神科リハビリテーションの理想を求めて

「精神科は入院期間が長くなる」 そのような先入観をお持ちの方もまだまだいらっしゃいますが、現代の精神科治療法や向精神病薬の進化によってその期間は劇的に短くなっております。また、近年は非定型抗精神病薬クロザピンやm-ECTなどによって重度難治性の統合失調症患者さんも比較的短期で退院するケースが多くみられます。泯江堂では精神科救急・急性期の患者さんのニーズに的確に応え、早期退院と退院後も安心して在宅生活や社会生活が送れるようサポートしてまいります。
また精神科の治療は時として数ヶ月、数年にわたるケースもあり、その期間の中でいかに質の高いリハビリテーションを受けられるかは治療の効果に大いに影響を及ぼします。医療法人泯江堂は民間病院では福岡市内初の精神科デイケアを開始することで、患者さんの早期退院と社会復帰を長年サポートしてまいりました。また、市内初の精神科訪問看護ステーションを開設するなど、社会復帰後の患者さんの生活の質の維持、再発防止のために在宅医療にも特に力を入れております。

認知症リハビリテーションへの挑戦

もはや多くの方々が切実な関心をお持ちの「認知症」。有名な福岡県久山町の住民追跡調査によると、60歳以上の高齢者が生涯で認知症になる確率は55%であると言われています。
わたしたち泯江堂は、精神科病院に蓄積された抱負な知識と技術を基に、たとえ認知症を発症しても可能なかぎり穏やかでその人らしい時間を過ごしていただくために、認知症専門の介護老人保健施設を平成9年に開設致しました。精神科救急・急性期治療によって認知症の周辺症状を抑制し、併設の老健施設にて医学的に効果が実証されたリハビリテーションを行う。この二つのコラボレーションの質を高めることによって、認知症の患者さんとそのご家族の心に寄り添えるようこれからも努力を重ねてまいります。

地域連係によるより効果的で最適な治療環境の提供

「施設から人へ」「入院から在宅へ」。これは世界的な医療の潮流であり、精神科でも例外ではありません。これからは、一つの医療機関ですべての治療やリハビリを完結する「点」としての治療ではなく、さまざまな医療機関や施設が手を取り合って一人の患者さんに寄り添い、患者さんのその時の容態に合わせた適切な医療をチームで提供する、という「面」の治療を行っていく時代になりました。
また、医療機関は行政機関やクリニック、病院等の同業者だけではなく、地域住民の方々との密接なコミュニケーションや連携がなければ理想の医療が行えない時代になってきています。それは地域住民の方々の高齢化や独居世帯の増加、認知症の有病率の増大等という社会全体の問題とも密接につながっています。
医療法人泯江堂は、さまざまな関係機関と力を合わせて地域住民の皆様に安心で安全な医療を提供することを目指すとともに、心の病をもつ方々が一日でも早くご自宅で健やかな生活が送れるよう、職員一同ベストのチームワークを発揮できるようこれからも努力してまいります。
出会いのたね, 信頼のねっこ, 安心の森。
私たちは患者さんとの出会いを大切にし、信頼を育み、患者さんにとっての「安心の森」となれるよう、これからも患者さんの良き伴走者として温もりのある医療を提供してまいります。

[理事長プロフィール]

精神科医、精神保健指定医、日本精神科医学会精神科臨床専門医、日本精神神経学会精神科専門医、日本精神神経学会精神科指導医、福岡産業保健総合支援センター 産業保健相談員、認知症サポート医、福岡市精神医療審査会委員

1989年埼玉医科大学卒業。福岡大学精神医学教室入局、西園名誉教授の指導を仰ぐ。福間病院・いぬお病院を経て1996年福岡大学医学部助手。1999年医療法人泯江堂理事・油山病院医局長、2001年医療法人泯江堂副理事長、2002年油山病院院長、2007年医療法人泯江堂 理事長(油山病院院長兼務)。2020年4月より理事長職に専念。